人に会うよろこび

新型コロナの影響でリモートワークが盛んです。

得意先とのオンライン会議もだんだんとあたり前になってきて、会わなくても仕事が回っていくものなのかと思ってしまいます。

でも何か違う、何か物足りない感じがするのです。

オンラインで話すことと実際に話すことは何が違うのでしょう?

ある人類学者によると、人間は他者への信頼は視覚と聴覚だけではなく、嗅覚とか味覚とか触覚とかの感覚も使って築くものらしいのです。

又、京都大学総長の山極氏は人間というものを以下の様に分析しています。

人間の視覚と聴覚を使って他者と会話すると、脳で「つながった」と錯覚するのですが、それだけでは信頼関係はできないのです。なぜなら人は五感のすべてを使って他者を信頼するようになる生き物だからです。

そのとき鍵になるのが嗅覚や味覚、触覚といった本来「共有できない感覚」なのだそうで、他者の匂い、一緒に食べる食事の味、触れる肌の感覚、そうしたものが他者との信頼関係を築く上で重要なのだと言っています。

他者を信頼するという極めて人間的な行為が極めて動物的な感覚によってのみ築かれているのです。

オンラインでの物足りなさの正体はこれなのかも知れません。

信頼できる人と三密を気にせず共に食事をして笑い、語り合うそんな日常がとても恋しく感じます。

「人に会うよろこび」今しばらくは我慢しなければなりませんが、大切にしたい気持ちです。

 

縁起担ぎ

なぜ日本人は縁起担ぎをする人が多いのでしょう?

脳科学の視点から「縁起担ぎ」をする理由を考えると2種類に分かれます。

1つ目は「成功体験による縁起担ぎ」です。物事が非常にうまくいった時はセロトニンとドーパミンが大量に分泌されます。

その快感は脳に明瞭な記憶として残り、もう一度味わいたいと脳は欲します。その時着用していた「赤い服」や「黒い手袋」などが成功体験の縁起物として脳が記憶しているのです。

2つ目は「負の遺産としての縁起担ぎ」です。思わぬ失敗をした時はストレスホルモンであるコルチゾールが大量に分泌されます。

その強度なストレスも脳に明瞭な記憶として残り、もう二度と味わいたくないと脳は欲します。その時の失敗体験をできるだけ避けようとします。1つ目とは逆の意味での縁起担ぎです。

「縁起担ぎ」にぴったりの英語がないように、日本人は「縁起担ぎ」にこだわる人が多いといわれています。

最近の研究でセロトニンの量を調節しているセロトニントランスポーター遺伝子が不安に関係することがわかってきました。

世界的な調査で日本人は遺伝的にその不安遺伝子を持つ人が多いのです。

そのため日本人はあらかじめ自分なりの「縁起担ぎ」をして自分の心を落ち着かせようとしているのかもしれません。

心の処方せん

電車が少しずつ混み合うようになり、通常の経済活動が戻りつつあると実感致します。

しかしながらコロナ感染や景気後退の不安がつきまとい、又それらがいつまで続くのかわからないことがつかみようのない不安感になっているのだと思います。

そんな時に自分の心を安定させてくれるものは何だろう?

自粛期間中に自分と向き合い、自分の心の処方せんを見つけるいい機会になったのではないでしょうか。

自分の心に活気を与えてくれるもの、ほっとさせてくれるものは人それぞれで他人にはわからないものです。

人と会うことが心を安定させる人もいれば、人と会わないことが心を安定させる人もいます。

図らずも自粛期間が気づかせてくれました。

ネコを撫でる、ストレッチをする、オンライン飲み会をする、お気に入りのユーチューブをみる等、多くの人たちが不自由な環境の中で自分にとって活気ややすらぎを与えてくれる過ごし方をみつけたのではないでしょうか。

しばらくはウィズコロナの時代が続きます。

心が少し疲れたなと思ったら自分なりの心の処方せんで過ごして下さい。

ファクターX

WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長は日本の新型コロナ対策について「成功している」と評価しました。

世界メディアは日本のコロナ対策は何から何まで間違っているように思えるが、不思議なことにうまくいっているという論調です。

世界での成功事例として、情報テクノロジーをうまく使いこなした台湾や徹底した検査と追跡、隔離で感染を抑え込んだ韓国、官学一体で合理性のある戦略にこだわったドイツなどがあります。

それらは「台湾モデル」「韓国モデル」「ドイツモデル」として感染拡大防止のため他国の手本となっています。

しかし日本は「日本モデル」として他国の手本とはなっていません。

実際に公共交通機関も止めず、要請ベースの緊急事態宣言は欧米に比べかなり緩いのですが感染者数や死亡者数が明らかに少ないのは事実です。

なにがうまくいったのかは不可解な謎なのです。

京都大学の山中伸弥教授は日本の死者数が少ない要因「ファクターX」があるのではないかと仮説を立てています。

山中教授の「ファクターX」の候補は「マスク着用や毎日の入浴などの高い衛生意識」「ハグや握手、大声での会話などが少ない生活文化」「日本人の遺伝的要因」「クラスター対応の効果」「BCG接種」などです。

それが解明できれば日本独自の対策が打てるので大いに期待したいです。

コロナが変える社会

5月25日 政府は残されていた地域の緊急事態宣言を解除しました。

これからは徐々に休業要請も緩和し、経済活動も進めていく方針だと思われます。

これはもちろんワクチンや治療薬がない中で、ウイルスと共存しながら仕事や生活をしていかなければならないということであり、それぞれに自覚と覚悟が必要であります。

弊社が展開している百貨店も次々に再開しています。

直営店も関西は25日から再開しており、関東は6月1日から再開致します。

新型コロナ感染防止策を徹底して、お客様に安心してご来店していただけるように万全を期しています。

コロナは私たちの生活を一変させました。

国民一人ひとりの健康に対する意識が高まったことは言うまでもありません。

朝起きて発熱はないか、倦怠感はないかなど特に意識しなかったことが最重要関心事となりました。

仕事のおいても「発熱があれば自宅待機」があたり前となり、以前の「少しくらいしんどくても頑張って働く」という昭和的常識が社会的にNGとなりました。

社会的常識をゆさぶるコロナ。

次は何を変えるのでしょう?

病気・ケガをしないことが支援

医師、看護師をはじめとする医療従事者は日々最前線に立ち、地域の医療を守るために働いています。

院内感染するリスクに不安を感じながらも懸命にその使命を果たそうとする姿に胸を打たれます。

その医療従事者の方々を支援したいと思いますが、今できる最大の支援は病気・ケガをしないことではないかと思います。

つまり、病院にできるだけ行かないことが医療従事者の負担を減らし、実質的に支援になるのではないかと思います。

そうは言っても体の不調を感じることもあります。

そこで取り入れたいのが「セルフメディケーション」です。

「セルフメディケーション」とは「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てすること」です。

その効果は 1.健康管理の習慣がつく 2. 医療や薬の知識がつく 3. 病院で受診する手間と時間が省かれる 4. 国民医療費の増加を防ぐ等が考えられます。

いろいろなサイトや無料アプリがありますので、自分の健康管理に気を配り、多少のことは自分で治すことができれば医療従事者への負担は減らせるのではないかと思います。

メルケル首相の演説

3月18日ドイツのメルケル首相は、国民に向けテレビ演説を行いドイツ国民は一致団結しました。以下はその抜粋です。

「新型コロナウイルスによりこの国の生活は今、急激な変化にさらされています。何百万人もの方々が職場に行けず、お子さんたちは学校や保育園に通えず、劇場、映画館、店舗は閉まっています。

そうした取組においてなぜ皆さんが必要なのか、一人ひとりに何ができるのかについてお伝えしたいと思います。

現在、世界中で急ピッチで研究が進められていますが、未だ治療法もワクチンも開発されていません。こうした状況においてあらゆる取組の唯一の指針となるのはウイルスの感染拡大速度を遅くする、数ヶ月引き延ばす、そして時間を稼ぐということです。時間を稼ぎ、研究者に治療薬とワクチンを開発してもらうのです。同時に発症した人ができるだけよい医療を受けられるようにするための時間稼ぎでもあります。

そのためには社会生活を極力縮小するという手段に賭けなければならない。これは非常に重要です。もちろん国の機能は引き続き維持され、物資の供給体制は確保され、経済活動は可能な限り維持を図っていきますのであくまで理性と慎重さに基づいて行っていきます。

日常生活における制約が今すでに、いかに厳しいものであるかは私も承知しています。こうした制約は渡航や移動の自由が苦難の末に勝ち取られた権利であるという経験をしてきた私のような人間にとり、絶対的な必要性がなければ正当化し得ないものであります。民主主義においては、決して安易に決めてはならず、決めるのであればあくまでも一時的なものにとどめるべきです。しかし今は命を救うためには避けられないことなのです。

不要な接触を避けることは感染者数の増加に日々直面している全ての医療機関関係者のサポートになります。そうすることで私たちは命を救っているのです。

私たちはこの危機を克服していくと、私は全く疑っていません。

かつて経験したことのない事態ではありますが、私たちは思いやりと理性を持って行動し、命を救っていくことを示していかねばなりません。例外なく全ての人、私たち一人ひとりが試されているのです。」

不要不急なものとは

新型コロナウイルスの感染拡大を予防する措置として不要不急な外出は控えて下さいという要請が出ています。

不要不急とは何だろうとみんなが考える機会となりました。

日常行っている活動のひとつひとつが不要不急なのかどうかと。

又、状況が深刻になるにつれ、その定義もアップデートされていきます。

スティーブン・R・コヴィーは著書「7つの習慣」で活動を4つの領域に分けています。

第一領域 (重要で緊急なもの)
危機や災害、事故、病気など

第二領域 (重要で緊急でないもの)
自分を磨くことなど

第三領域 (重要ではなく緊急なもの)
多くの会議や無意味な付き合いなど

第四領域 (重要ではなく緊急でないもの)
ゲームやネット動画などの暇つぶしなど

コヴィーはその本の中で多くの人は第一領域と第三領域に時間を使っているが本当に重要な活動は第二領域であると言っています。

外出自粛の時こそ読書等自己研鑽に時間を使おうと思っています。

ライフラインを支える人たち

4月7日 東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県に緊急事態宣言が出されました。

その地域の百貨店は4月8日から休業となりました。

弊社の東京、大阪の直営店も4月9日から5月6日まで休業することになりました。

いつもなら暖かくなって靴が売れる時期なのですが、新型コロナウイルス感染拡大防止のためなので仕方ありません。

このような状況の中で、ライフラインを支えるために普段通りに仕事をしているところもあります。

病院や薬局等、健康維持に必要なところやスーパー、コンビニ等、食料買い出しに必要なところなどです。

又、介護施設等も重要な社会のインフラとして人々の暮らしを支えています。

多数の人と接するリスクがあるにもかかわらず、ライフラインを守るために日々働く人たち。

このような多数の人たちにより社会生活がパニックにならず、冷静に社会が支えられていることを痛感し、一層の感謝をおぼえます。

コロナ後はその人たちの働きに対し社会全体が賞賛する価値観になればいいなと思います。

一日も早く新型コロナウイルス感染終息を願って止みません。

劇的変化

今年は桜の開花が早かったので4月初旬には桜が散り始めているところが多かったようです。

例年4月は新入学、新入社、人事異動等で新しい環境が始まる門出の時期でありますが、新型コロナの影響で入学式や入社式は中止や延期が相次ぎ、お祝いムードはありません。

ちょうど1年前の4月は新元号「令和」が発表された時期です。新しい時代の幕開けに日本国民がワクワクしていました。

それがたった1年で「新型コロナウイルスの蔓延」「東京オリンピックの延期」「インバウンドの急減」「経済の大幅な落ち込み」等、誰が想像し得たでしょう?

2011年3月の東日本大震災直後のムードと似ていますが、その時はまだ被災地を支援するためにあらゆる行動が取れました。

しかしながら今の状況は違います。

新型コロナの被害が世界に広がっていること、目にみえないウイルスが敵であること等から協力や支援する手立てがないのが現状です。

今は我慢の時と思い、自粛するしかありません。

1年で劇的に変化したように、来年の4月は穏やかに日常が過ごせるようになっていることを心より願います。

朝の来ない夜はないのだから。