懐かしの味 ナポリタン

ナポリタンはスパゲティにたまねぎ、ピーマン、ソーセージのうす切りなどを入れ、ケチャッ
プで炒めたものです。
昔は喫茶店や軽食堂の定番メニューでありましたが、最近ではナポリタンを提供するレス
トランはほとんど見なくなりました。
そんな中、東京のJR浜松町駅前にナポリタンのみで勝負する店があります。
メニューはナポリタン並、大盛、ジャンボの3種類のみ。
並でも400gもあるボリュームで、大盛600g、ジャンボ800gという量の違いのみのシン
プルさです。
お店は繁盛していて、お昼時には行列が絶えません。
厨房には黙々とナポリタンを作る人2名と、ひたすらケチャップで焦げついたフライパンを
洗う人1名がマシンと化して働いています。
お客さんはほとんどが30代から50代の男性客で、子供の頃味わった懐かしさを求めてや
ってくるのだと思います。
味も昭和風でアルデンテではなく、ゆできったブヨブヨ麺に定番のケチャップ味、好みで粉
チーズやタバスコをふりかけて食べます。
盛りつけ皿は、昔の喫茶店でよくみたシルバーの皿です。
都心のど真ん中で働いている企業戦士のひとときの休息。
昔を懐かしむ気持ちに浸りたいならオススメです。

犬の振り見て我が振り直せ

我が家の愛犬が7月で10歳になりました。

犬は人間よりも7倍早く歳をとると聞いていたので、人間でいうと70歳くらいかなと思ってい
ましたが、実は調べてみると小型犬と大型犬では違うらしいのです。
我が家の愛犬はトイプードルなので小型犬です。
小型犬は最初の2年で24歳になり、その後は1年に4歳ずつ加算していくらしいので
24+(10-2)×4=56歳となります。
そう思うと、それほど老犬ではないので安心しました。
しかしながら、ここ1~2年は夏の散歩のあとはバテていたり、食べ物を誤飲したりすること
が多いなと思っていました。
「あんまり無理したらあかんで。もう若くないんだから・・・」 と思わず声をかけようとしました
がやめました。
なぜか自分に言っているみたいな気がして・・・
自分自身も若い時と比べて、疲れがとれにくくなったり、無理がきかなくなっているような気
がします。
もう一度、愛犬をじっと見てみます。
つぶらな瞳の奥に少年のような光が見えたような気がしました。
「そやな。あんまり年寄り扱いしたらあかんな。気持ちは若くもたなあかんな。」
犬の振り見て教えられたような気がしました。

ギリシャ問題の不気味さ

日本の20分の1くらいの経済規模しかないギリシャが、世界経済の命運を左右する立場に
あります。
不思議なことです。
なぜこのようになったかと過去ををふり返ると、もっと不思議な気持ちになります。
もともとの原因は身の丈に余る借金です。
ユーロ圏に加盟したギリシャは、ばく大な借金を繰り返し、公務員を増やし、年金制度を拡
充しました。
当然ながら、そのような施策をとった政権は国民から支持されました。
しかも、あろうことか借金の額を過少に公表していました。
そして2009年、ギリシャは自国の借金額が虚偽であったと発表。
混乱の幕開けです。
それから5年が経ち、もう先延ばし策も限界にきています。
時計の針を戻すことはできませんが、なぜギリシャの放漫な財政運営は放置されたのでし
ょう?
少なくとも身の丈にあわない借金であるという事は、時のギリシャ政府と貸した金融機関は
承知していたはずです。
このように私たちの知らない隠ぺいされた重大事実が、世界中に時限爆弾のようにひそん
でいるのかも知れません。
こわいことです。

ハニワ課長

ゆるキャラが大好きなのですが、あまりにも乱立しすぎて、自分の中でのブームが去っ
てきたなと感じておりました。
そんな時「ハニワ課長」が気になりました。
大阪府堺市の広報キャラクターなのですが、存在がとてもシュールなのです。
細身のスーツ姿に頭は埴輪。
年齢は1600歳ぐらいで未婚。
あきれると埴輪にちなみ「開いた口がふさがらない」「目が点になります」と言い、怒ると
「焼きを入れたい」と言い放ちます。
顔から表情が読み取れない分、言葉での感情表現が際立ちます。
堺市は仁徳天皇陵などの古墳がたくさんあり、百舌鳥・古市古墳群の世界文化遺産登
録を目指しています。
そのPRに抜擢されたのが「ハニワ課長」
竹山市長は「古墳時代から受け継いだ知識や経験を生かしてがんばって」と激励してい
るが、ハニワ課長は「自身の質が低く、堺市の古墳の尊厳を損ねるかもしれない」と、で
きるだけ露出はしたくないと殊勝なコメント。
ブレイクするのか注目しています。

今日から君は噴水だ!

ある日、熱血指導で有名な松岡修造氏が、ロシアのサンクトペテルブルクにある噴水を
みて思ったそうです。
「この噴水は出し切っている。喜びも悲しみも楽しさも悔しさも・・・すべてを一所懸命出し
切っている」と。
そこで指導する時に
「自分らしく生きられてないのか?自分を出し切れてないのか?」
「この噴水を見てみろよ!キラキラと輝いているだろう」
「今日から君は噴水だ!」と熱く語るのです。
噴水をみてここまで熱く創造的に物事を擬人化して考えられる人は、松岡氏以外にはい
ないと思います。
そんな時、なにげなく日本のある噴水をみて思いました。
「出し切ってない」 中途半端で、出したり止まったり。
「もっと思い切って勢いよく出さなあかんで」
松岡氏の言葉に感化されている自分を発見し、心の中で叫びました。
「今日から私は噴水だ!」