今日的まつり

先日、日本三大祭の一つである天神祭が大阪でありました。

それと前後して、地元の夏まつりもいたるところで開催されています。

私も小学生のころは、みこしの上でたいこをたたいていました。その理由はジュー
スがただで何本ももらえるという単純なものでした。

当時は、同様の理由で参加していた子供も多く、地域の人も多数参加していたの
でそれなりに盛り上がっていたような気がします。

今は少子化のせいか、ジュースぐらいでは反応しないのか、子供の数が少ないよ
うです。

又、みこしも時代の変化に合わせて変わってきているようです。

通常は人が担いだり、台車にのせて人が引っ張るというものだと思いますが先日、
近所で見たものはトラックの荷台にのっていました。

トラックの荷台にたいこがあり、子供たちがたたいていました。はっぴを着たまつり
関係者も荷台にのっていました。

一応、トラックの正面にちょうちんが掲げてあり、まつりムードを出そうとしています
がどう見てもトラックに見えてしまいます。

その前には先導車の役割の乗用車が2台、最後尾も警備のためか乗用車があり、
みこしの車列が低速で街を走っていました。

たいこの音や、まつりのかけ声は昔とあまり変わらないのに、みこしの車列には違
和感を感じてしまいます。

20年後には、違和感が常識となっているのかわかりませんが、まつり自身が消滅
していくよりはずっとましだと思います。

普通のタコにもどりたい

サッカーのワールドカップはスペインが初の優勝国となり、約1ヶ月にわたる熱戦
を終えました。

このワールドカップで一番有名になったのはメッシやクローゼではなく、占いタコの
パウル君ではないでしょうか。

ご存知の通りパウル君はドイツのオーバーハウゼン水族館で飼育されているタコ
で、ドイツ戦7戦と決勝戦の合計8試合の勝敗を的中させた占いタコです。

占いの方法は、水槽の中で対戦国の国旗のついたエサ入り容器のどちらを選ぶ
かという単純な方法だそうです。

次々と的中させていったパウル君に全世界のマスコミが注目し、最後の決勝戦の
占いには世界の約600のテレビが生中継したそうです。

その決勝戦の予想も的中させたパウル君は、敗れたサポーターからのパエリアや
フライにして食べてしまえという筋違いの脅迫をうけつつも、優勝国のスペインから
は英雄扱いされています。

文字通りひっぱりダコのパウル君ですが高齢のため様々なオファーを辞退し、水族
館のお客さんを喜ばせる普通のタコにもどるそうです。

パウル君が普通のタコにもどるというニュースを聞いて、キャンディーズが「普通の
女の子にもどりたい」といって電撃的に解散したことを思い出したのは私だけでしょ
うか。

控えの美学

サッカーのワールドカップが南アフリカで行われており、全世界が熱狂しており
ます。

日本は戦前の予想を大きくくつがえし、一次リーグを突破しましたが惜しくも決
勝トーナメントでパラグアイに負けてしまいました。

岡田監督率いる日本チームは個の力ではなく組織の力、チームワークというも
のがいかに大切であるかということを世界に知らしめたのではないでしょうか。

ワールドカップは世界各地から選りすぐりのチームが出場しています。その中に
はスター選手を沢山かかえているチームもたくさんあります。

しかし、フランスのようにチーム内のもめ事で実力を発揮することができず、敗
退するチームや個人の力が強すぎてチームワークがみだれてしまうチームがた
くさんあります。

そのような中で日本チームが一戦一戦戦うごとに目に見えてチームワークが、よ
くなっていくのを多くの日本人は感じとっていたと思います。

それは戦いの中だけでなく、ハーフタイムの休憩時に控えの選手がすすんで出
場選手のマッサージをしたり、試合後のコメントで自然と感謝の気持ちが出るな
ど、出場している選手、控えの選手、スタッフが本当に一体となっているなと感じ
たのは私だけではないと思います。

帰国後の記者会見で、皆が口をそろえて「このチームでもっとプレーをしたかった」
と言っていたのは最高のチームワークが出来ている証しであると思います。

岡田ジャパンが残してくれたものは感動や勇気だけではなく、日本人の持ち味で
あるチームワークが世界において十分に通用する戦術であるということです。

世界的にみて日本の国力が低下しているという報道の中で、資源の持たない日
本が再び浮上するためには地味ではあるがチームワークがひとつのキーワードに
なるのではないかと思います。

バタデン

バタデンとは島根県にある一畑電車の愛称です。

中井貴一主演の映画「RAILWAYS」で舞台となっているのが、島根県の
湖畔や田園地帯をゆっくりと走るバタデンです。

中井貴一演じる主人公がエリートサラリーマンを辞めて、突然バタデンの
運転士になるという内容ですが、都会の生活の中で失ってしまったものを
徐々にとり戻していく過程に共感をおぼえました。

実は、私たちの靴も松江にある一畑百貨店さんにお世話になり、たくさん売
っていただいております。その関係で私も松江に数回行ったことがあります。

ゆっくりと時間が流れているようなのどかな風景、特に夕日にそまる宍道湖
の美しさは息をのむほどです。

一畑百貨店の方がおっしゃっていました。

「都会の百貨店のマネはしない。地元密着でお客様に楽しんでもらえれば
それでいい。」

実際、百貨店の中を案内してもらった時にブランド自慢ではなく、ぬくもりの
ある木製のベンチを自慢されていました。「このベンチで地元の人に休んで
もらいたい。」そういう想いがヒシヒシと伝わってきました。

都会の生活に疲れたら、島根観光をおすすめします。

日本の失われつつある原風景がそこに残っていますので。

女性のズボン着用は厳禁?

女性のズボン着用は厳禁という法律がフランスに存在するそうです。18世
紀に制定された法律が今も残っていることがわかり、左翼政党が廃止を求
めているそうです。もちろん法律はあっても運用はしていないのですが、ファ
ッションの聖地フランスでの事なので興味深い話です。

法案が制定されたのは、フランス革命直後の1799年「健康上の理由以外」
での女性のズボン着用を禁じ、その後の改正で「乗馬などの際に限って」の
着用が認められたそうです。

当時、馬に乗る時に適しているとされたズボンがファッションアイテムとして
注目されたのは比較的最近で、50年ほど前からだそうです。その後のパン
ツルックの浸透は世界の女性のファッションを見れば火をみるよりも明らか
だと思います。

そう思うとファッションというのは時代や社会の変化によって大きく変貌して
きているのがわかります。

女性の社会進出が進むにつれ、より機能的なパンツスーツ等が求められて
きたのはその典型的な例でしょう。

しかし、先日「男性のスカート着用が流行」というニュースを目にしました。

これが今後の社会の変化につながるのか、一種の嗜好なのかは20年後
の判断を待ちたいと思います。

イタ車

先日、バスに乗っていると前の座席の若者の会話が聞こえてきました。

「うわっ!イタ車や!」と窓際の男子。

「ほんまや!」と返す通路側の男子。

その目線の先には私が想像していた車とは大違いの車がありました。

恥ずかしながら私が想像したのは「イタリアの車」で「イタメシ」(イタリア料理)
「イタカジ」(イタリアンカジュアル) の延長線上での発想でありました。

実際に目に飛び込んできたのは、美少女系のアニメキャラクターを全面に装
飾した車でした。

帰って調べてみると「イタ車」ではなく「痛車」で装飾のモチーフが「痛々しい」
のが痛車の基準であるらしいです。

2000年のはじめからオタク文化が世間一般に広く知れわたるようになり、キャ
ラクターを全面に装飾した「痛々しい」車が現れはじめたそうです。一部の人た
ちの間でブームとなっているようです。

モータースポーツの世界では様々なキャラクターを配した「レーシング痛車」が
活躍しているそうです。

ちなみに同様の改造をしたバイクは「痛単車(いたんしゃ)」と呼ばれ、自転車
は「痛チャリ(いたチャリ)」と呼ばれるそうですが、残念ながらまだ見たことが
ありません。

長谷川等伯という人生

先日、京都国立博物館で開催されている「長谷川等伯展」に行ってきました。

長谷川等伯が登場した時代は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と権力者が次々と
変わっていく激動の時代でありました。その中で地方から出てきた絵師が才能と人
脈を使い、どんどん出世していく様は痛快なジャパニーズドリームであったと思いま
す。

当時は狩野派とよばれるスーパーエリート集団が牛耳っておりました。中でも等伯と
4歳年下の狩野永徳は、若い頃からそのずば抜けた才能とグループの力で天才の
名をほしいままにしておりました。

等伯は33歳の時に一大決心をして絵師として大成するために地元の能登から京都に
移住してきました。しかしその後17年間はどこでどのように修行していたのかは不明
とされています。そして51歳の時に千利休のすすめで大徳寺三門の壁画を描き、一
躍狩野派を脅かす存在になったのです。

その翌年、御所対屋の障壁画制作をめぐり狩野永徳一門と対立し、狩野派の政治力
の前に排除させられてしまいます。しかしその1ヶ月後、狩野永徳が急死するのです。
遅咲き等伯の時代がやってきます。

豊臣秀吉の命をうけて祥雲寺障壁画に着手、長男 久蔵とともにすばらしい障壁画を
完成させて、大絶賛を受けました。長谷川派の時代が到来したと誰もが思ったことで
しょう。

しかし翌年、長谷川派の次世代リーダーの長男 久蔵が急死してしまうのです。享年
26歳、あまりにも若い天才絵師の死でした。

長谷川等伯はたぐいまれなる才能を持ち合わせて順調に出世していく人生でありまし
たが、一方で妻や子供に先立たれるという悲哀に満ちた一面もありました。

「仏涅槃図」や国宝「松林図屏風」等は、元々信仰心の厚い等伯が先立った親族への
鎮魂歌ような想いで描いたのではないかと思います。

等伯の死後、長谷川派は表舞台には出てこないのですが、狩野永徳の再来といわれ
た狩野探幽や江戸中期の円山応挙が等伯の画風に影響を受けたと言われています。

等伯の活躍した時代は一瞬でありましたが、新しい技法にチャレンジする姿勢と造形
的特質はその後の絵画史に長く足跡を残したといえるでしょう。

成熟社会へ

日本の消費力が落ちて百貨店を中心とした小売業の不振が騒がれている中、意
外なニュースを目にしました。

英国の美術専門誌「アート・ニューズペーパー」4月号が2009年に開かれた展覧
会の入場者数の順位を載せ、1日あたりの入場者数で日本がトップ4を占めたと
いうのです。

その内訳は、第1位 東京国立博物館「国宝 阿修羅展」(1日平均 15,960人)、第2
位 奈良国立博物館「正倉院展」(同 14,965人)、第3位 東京国立博物館「皇室の
名宝展」(同 9,473人)、第4位 国立西洋美術館「ルーブル美術館展」(同 9,267人)
です。

このニュースのすごいところは、パリ、ニューヨーク、ロンドン等の名だたる美術館
を押しのけて日本がトップ4を独占したというところです。そして前述の同誌は「日
本人の展覧会愛好熱は不況知らず」と書いてあります。

私も先月に京都国立博物館で開かれていた「ハプスブルグ展」に行って来ましたが、
すごい人で入場するまで90分待ちました。来ている人たちも若いカップルからお年
寄りまで様々で、肩をはらずに鑑賞している様子は文化的なものが自然と人々の
生活の一部になっていると感じました。

日本社会は確実に「モノ」から「コト」へと価値観が変化し、成熟した社会へと変貌
を遂げようとしているような気がします。

もうすぐ東京で約29万人の入場者を記録した「長谷川等伯展」が京都国立博物館
にやってきます。

作品も興味深いですが、無名の絵師から千利休に見いだされ、当時全盛を極めて
いた狩野永徳率いるスーパー絵師グループ「狩野派」の最大のライバルにのぼりつ
めていく長谷川等伯の人生は、日本史の教科書ではわからない深みがあるのでは
ないかと思っています。

会期が4月10日から5月9日までと短いので混雑覚悟で行ってきたいと思います。

悩まない悩み

先日、知り合いの大学教授から興味深い話を聞きました。あるテーマにつ
いて学生にレポートを提出させたところ、80%ぐらいの学生の答案が同じ
であったらしのです。

その大学教授は、ある1人の学生のレポートが出回ったのではと推測し、
学生に問いただしたところ、全ての学生は自力でレポートを作成したと言
います。その言葉にうそはなかったらしいのです。

真相はこうです。そのテーマでネット検索すると参考となる資料が数多く
出てくるのですが、上位3つぐらいまでをうまく組み合わせるとその答案
の内容になるそうです。部分的な言い回しは少し違うのですが、大体の
内容は同じになるのです。つまり学生たちはお互いに相談したのではな
く、同じ情報源を使ってレポートを作成したということです。

知識や情報を得るということではネット検索は大変有効であると思います
が、勉強をするということは物事を自分なりに観察、推理、検証し思考を
深めていく作業だと思います。最後の結論に到達するまではいろいろと
考え、仮説、検証の繰り返しを経て、自分なりの答えを導いていきます。
言うなれば結果よりもそこに至るまでの長くて苦しい道のりの作業過程
にこそ意味があるのではないかと思うのです。

検索すれば悩まなくてもすぐに結果が出てしまうことが現代人にとって大
きな落とし穴になってしまうのではないでしょうか?最近、情報量、知識量
はすごいのに人間としての深みがないという人に出会うことがあります。
多分その人は悩むことなく結果のみを得ているのでしょう。

悩みは成長の糧であると、全ての悩んでいる人にエールを送りたいです。

蕎麦屋で感じる「粋」

先日、東京でお客様と一緒に夜、蕎麦屋さんに行きました。驚いたことに東京
の蕎麦屋さんは昼の顔と夜の顔が全然違います。

私を含め関西の人は、そばは手軽な昼食というイメージで、うどんや丼と同じ
選択肢ではないかと思います。だから夜に蕎麦屋さんに行くことはほとんどな
かったと思います。

東京の蕎麦屋さんの夜の顔は、大人のための静かな和風居酒屋です。一人
又は二人で静かに酒と肴をいただく空間で、騒いでいる客はいません。

まさに「粋」な世界です。

酒肴も板わさ、焼みそ等、関東では定番メニューらしいですが、関西の人にと
っては何なのか想像もつかないものが多いです。一人気ままに手酌でお酒を
飲んでいる人が多く、静かに読書しながら飲んでいる人もいます。皆、一様に
リラックスをして一人の時間を楽しんでいる様でした。

ひととうり、お酒を楽しんだ後に「せいろ」と呼ばれるざるそばを最後に食べる
のが一般的な食べ方のようです。お茶漬けかラーメンなどの温かいものを締
めに食べると思っていた私にとって意外でありましたが、BGMもない凛とした
空間で背筋をピンと伸ばして食す締めの蕎麦は格別な味でした。

そういえば昔、東京の知人に休日の楽しみは何ですかと聞いたところ、「昼の
3時ぐらいから蕎麦屋で日本酒を一杯やりながら池波正太郎の時代小説を読
むこと」と言っていたのを思いだいました。聞いた時は全然イメージがわかなか
ったのですが、今はとてもよくわかる気がします。

一度やってみたいのですが、残念ながら大阪でそのような店はないかもしれま
せん。