AI面接官

入社試験での書類選考を人間の代わりに人工知能(AI)が行なう企業が増えているそうです。

過去に採用した社員の履歴書などをAIが学習し、企業が求める人材の傾向を分析、合致する志望者を選び出す仕組みだそうです。

そうすることによって、人事担当者の好みといったあいまいな採用基準を排除し、公正な判断をする狙いがあるそうです。

ただ、志望者が採用に有利になりそうな虚偽の内容を履歴書に書いても、現時点でAIがそれを見抜くのは難しいそうです。

ということは、その企業の人材採用傾向を分析するAIが作成した履歴書ならば、一次書類選考はパスできる可能性が高いということです。

企業側も最終的には人間による面接が必要と考えているようですが、近い将来はAIを搭載したロボットが同じくAIを搭載したロボットを面接するということになってしまうのではないかと危惧します。

そうなれば、そもそも面接など必要もなく、企業側が求める能力のAIを搭載したロボットを発注すればいいだけの話になります。

企業の言う通りに働くロボット達のいる職場・・・

ランチタイムは充電タイムになるのでしょうか?

シン・ゴジラ

大ヒットしている映画 「シン・ゴジラ」 を観ました。

総監督・脚本はエヴァンゲリオンの庵野秀明氏。

劇場は予想外の満員で、老若男女、様々な人たちでいっぱいでした。

私の感想は想定外のおもしろさでした。

これは怪獣映画ではなく、災害シュミレーション映画です。

ゴジラは他の怪獣たちと戦って地球を救うようなゴジラではなく、人類を脅かす恐怖の象徴として描かれており、日本政府の対応が妙にリアリティーがありました。

官邸に省庁寄せ集めの対策会議を設けても 「想定外で」 と右往左往。

事態は急変しているのに、官僚の作文棒読みの報告や無駄な有識者会議のリスクをとりたがらない対応等でなかなか前へ進まない閉塞感がとても日本的であると感じました。

又、米国をはじめとした諸外国の対応も今の日本をよく表わしていると思います。

余計な恋愛や家族要素を意図的に排除して、事態の行方のみに集中できたのも好印象でした。

ただ、演出の一つだと思われますが、早口で専門用語の多いシーンは話の筋を理解するには難しく感じたことも事実です。

それがこの映画の本質をわかりにくくして、評価が二分されている理由だと思います。

そこだけがとても惜しいです。

4年後

ブラジルのリオ オリンピックが閉幕しました。

開幕前はいろいろと不安材料ばかりが報道されていましたが、終わってみると素晴らしいオリンピックであったと思います。

特に日本選手の活躍は素晴らしかったです。

朝起きると毎日のように日本がメダルを取ったことが伝えられ、日本中が歓喜に沸きました。

柔道、水泳、レスリング、体操、卓球、バドミントン、そして陸上と、数えあげるとキリがないですが、スポーツの魅せる力は偉大であると改めて感じた次第です。

このオリンピックをみて、スポーツを始める未来のメダリストもたくさんいるだろうと想像をふくらませています。

4年後にバトンを渡された東京。

いかに世界の人たちを魅了していくか、腕のみせどころです。

そして4年後の東京オリンピックの開催時に、「自分はなにをしているだろう」 と考える機会を与えられたような気がします。

1年後ではなく4年後・・・

人々に愛される靴を作り続けることができれば、これ以上の幸せはありません。

 

失敗なし 感動なし

食事に行く店を探す時に、検索サイトで点数をチェックしてレビューを読む。

物を買う時もネットで長所、短所、価格をチェックする。

探したい情報が瞬時に集まり、比較検討して決定する。

多くの現代人がしている行動パターンだと思います。

この行動のおかげで極端な失敗はなくなりました。

お金を無駄にすることも、嫌な店で時間を過ごすことも少なくなりました。

ネット上でいろいろな人の意見や価値観を集約することで、店や物の事前情報を得て、失敗を減らすこのシステムは実に素晴らしいです。

しかし一方で、事前情報なしで訪れた店で予期せぬ味やサービスに出会った感動や、初めて手にした商品に心震わす機会は大幅に減ったような気がします。

失敗しないかわりに感動もしない。

このような生活パターンが当たり前になったのはいつからなのでしょう。

大きな失敗は避けたいですが、少しの失敗ならしてもいいかなと感じています。

予期せぬ感動を手にする可能性があるのですから。

ビールの歴史 その2

中世のころは、宗教的な理由でビール作りに制約が多かったため、主に修道院で作られていました。

13世紀ごろ現在のチェコにあたるボヘミアのヴァーツラフ王がビール製造禁止令を解除してほしいと教皇に訴え、その後はビールが広く製造されるようになりました。チェコのビールが今も有名な由縁です。

ドイツでは、1516年に「ビール純粋令」を施行したバイエルン公国のヴェルヘルム4世のおかげでビール製造が発展しました。

その「ビール純粋令」は、使用できるのはホップに限るとしたため、今のビールが誕生しました。

ビールの普及には、フランスの生物学者であるパスツールがひと役買っています。パスツールが酵母を利用したビールの発酵法を開発したことで、大量生産の基盤が作られました。

今やビールは世界各地で作られるうようになりました。又、地域限定の多種多様な地ビールもたくさん作られています。

ビールがおいしい季節ですので、様々なビールを味わってみたいものです。

ビールの歴史 その1

夏はビールの季節です。

頭上からじりじりと照りつける陽射しが気になってくると、今年もビールの季節が来たなあと感じる人も多いのではないでしょうか?

ビールの歴史は意外に古く、初めてビールを飲んだ人類は古代シュメール人だと言われています。

人類の文明の発祥地とされるチグリス・ユーフラテス河の流域でビールが飲まれ始めたのは、なんと紀元前4000年ごろ、今から6000年も前の事です。

人類初の酒とされる古代ビールは、当時の人々に好まれ、需要に供給が追い付かなかったようです。

そうなると量をごまかす悪徳ビール商人もあらわれます。

紀元前18世紀のハムラビ法典にはビールの量をごまかした者は罰として水に投げ込み、溺死させるという条項があったそうです。

「目には目を」 「歯には歯を」 というフレーズで有名なハムラビ法典とはいえ、ビールの量をごまかした者を溺死の刑に処するのはあまりにも酷だと思われますが、それほど重要な飲み物であったのでしょう。

常識を疑え

「そんなことも分からないのか!常識じゃないか!」と叱られた記憶は誰にでもあると思います。

しかし「常識」は時代によって変化するものもあると言わざるを得ません。

例えば、歴史においても私が学生の頃には「いい国(1192)作ろう」と覚えた鎌倉幕府が開かれた年でも、今の教科書では違います。

源頼朝は1185年に守護・地頭を置き、権力基盤を築いていたため、開幕は1185年とされています。覚え方は「いい箱(1185)作ろう」に変化しています。

又、昔は「あと30年で石油は枯渇する」と言われていましたが、現在は50年とされています。

シュールガスや天然ガスもあり、エネルギー不足はあまり言われなくなりました。

1リットルあたりのガソリンの価格も、実はミネラルウオーターよりも安いという事実も、昔の常識では考えられないくらいの驚きです。

お風呂の湯舟に入っても肩まで浸からないといけないと言われていましたが、今は心臓に負担がかかるので半身浴がいいとされています。

健康的なイメージのあった日焼けにおいても紫外線は皮膚によくないとあまりおすすめされていません。

これらは技術進歩の発展により常識が塗り替えられた例だと思います。

あと20年もすると、現在の「常識」が「常識」ではなくなることが常識的な判断ではないでしょうか?

エクストリーム・アイロニング

エクストリーム・アイロニングを訳すと、究極のアイロン掛けなのですが、簡単に説明するなら「野外でおこなうアイロン掛け」のスポーツです。

「極限状態の場所で平然とアイロン台を出し、涼しい顔でアイロン掛けを行なう」事が基本原則であり、「衣服のシワを伸ばす」 という本来のアイロン掛けの目的は重要視されないのだそうです。

このスポーツの日本における第一人者、松澤等さんは著書「そこにシワがあるから」(早川書房)の中で下記のように説明しています。

アイロンとアイロン台をかついで山に登り、登頂するとその場でアイロンをかける。見わたす限りの雲海、そこで心静かにアイロンを掛けると至福の感情が満ちてくるそうです。

スポーツしながらという 「スポーツ・アイロニング」 というジャンルもあり、サーフィンしながらアイロン掛けをするのだそうです。

ボード前面にアイロン台とシャツをセットし、波乗りしながらアイロン掛けをする、それも涼しい顔で・・・

海外のアイロニスト (このスポーツのプレーヤーはこう呼ばれる) にはすごい記録を持った人がたくさんいます。

高度記録はアコンガクア山頂 (6959m)
水中最深記録はエジプト沖 (100m)
アイロン掛けの道具を全て装着してロンドンマラソンに出場し、途中でアイロンを掛けながらフルマラソンを4時間8分で走破したアイロニストもいるそうです。

自分ではやってみたいとは思いませんが、機会があれば是非見てみたいです。

コバンザメの独り立ち

大阪の海遊館のコバンザメ2匹が独り立ちしたそうです。

コバンザメは背びれがなく、泳ぐのが下手なため他の生き物にくっつかないと生きていけないそうです。

海遊館ではジンベイザメにくっついて泳ぐコバンザメが定番でした。

しかし、突然ジンベイザメが体をくねらせたり、スピードを上げて振り払おうとしたり、つきまとうコバンザメを嫌がるようになりました。

コバンザメは新たなくっつき先を探しました。

イトマキエイやマンタにくっつこうとしましたが、嫌がられてしまいました。

不穏な空気を感じた飼育員は、コバンザメ2匹を別の水槽に移しました。

そこの水槽にはくっつくことのできる大きな生物はいません。

当初は慣れぬ様子で、水槽の下の方にうろうろとくっつく場所を探していましたが、次第に水槽壁面のアクリル板にピタッとくっつきました。

又、時には左右に体をくねらせて単独で泳ぐのだそうです。

「自然界では見られぬ姿」と専門家は驚きを隠せません。

ジンベイザメの方も普段はコバンザメを嫌がったりしないそうですが、エサの心配のない水族館では違う部分に気が回って敏感になりすぎたのではと分析しています。

環境が恵まれすぎて、わがままが出たジンベイザメ。

突然、依存先を失ったコバンザメは新たな生き方をみつけました。

人間社会にも共通点がありそうで・・・

生活時間の大変化

1980年から5年おきにシチズンが生活時間の変化を調査しています。

それらをみると、1980年から2015年までの35年間で大きな変化があった生活時間とさほど変化のない生活時間があるのに気づきます。

大きく減少した生活時間は下記の通りです。

・テレビの視聴   ・読書(新聞・雑誌・本など)
・家族との会話   ・家事(掃除・洗濯・料理など)
・スポーツ、運動   ・外での飲食、喫茶

さほど変化のない生活時間は下記の通りです。

・ショッピング  ・映画、演劇、スポーツ観戦  ・自己啓発  ・勤務時間
・食事時間     ・睡眠時間

勤務、食事、睡眠等のいわゆる必要時間に大きな変化はないが、それ以外の余暇の過ごし方に大変化が起きています。

昔には項目の設定がなかった「インターネットの時間」が増加傾向です。

テレビや本を読むことがなく、スマホばかりいじっている現状を表しています。

それは電車の中をみれば一目瞭然で、ほとんどの人がスマホばかりみています。

興味深いのは「家族との会話」は減っているのに「家族と過ごす時間」は増えていることです。

家族と一緒に過ごしているが、そこに会話がなく、各自好きなことを同じ場所でしているという事です。

そういえば、レストランで家族が食事をしていても各自がそれぞれスマホかゲームをしている光景はよくみます。

そのように育った子供が社会に出て他人とうまくしゃべれるのでしょうか?

家族や友人との日常の会話の中で、場の雰囲気、相手の顔色、話題の切り出し方、言いまわし等を学んでいくのだと思います。

若者のコミュニケーション能力の減少はスマホが会話の時間を奪ってしまったことが主な原因のような気がします。