おや?

上記のタイトルを聞いてピンとくる人はポケモンGOをしている人でしょう。

ポケモンGOでタマゴをふ化させている時に「おや?」という表示が突然出てきて、タマゴからポケモンが生まれます。

何が生まれるかはわからない瞬間なので、私は一番ワクワクする時間です。

しかし、すでに持っているポケモンが出てくるとがっくり感につつまれます。あれほど歩いたのに・・・

ゲームをしている人なら、この感情が共有できるのではないでしょうか?

先日のアップデートでポケモンGOは格段に改善されました。

一番の改善点は、運転中の操作に制限がかかったことです。

以前までは「私は運転者ではありません」というボタンを押すと操作が可能でした。

そのため事故も起きていました。改善に心から拍手です。

世界中で愛されているポケモンGO。日本では若者よりも中高年に人気です。

自分のペースでできる、遊び方が単純、課金ではなく歩くことでレベルが上がる等が受けているのでしょう。

日常的な運動不足をポケモンGOで解消する方法が今の自分には合っているような気がします。

キンキーブーツ

トニー賞6部門受賞の大ヒットミュージカル「キンキーブーツ(来日版)」を観ました。

もともとは2005年のイギリス映画で、靴工場が舞台のストーリーなので昔に観て印象深かった映画でした。それがミュージカルとしての来日です。

「キンキーブーツ」とは女装用ブーツという意味で、倒産しかけのイギリスの老舗紳士靴メーカーが起死回生策として、ニッチ市場であるキンキーブーツにかけて再生するというストーリーです。

それは靴工場を父親の急死により継いだ若社長チャーリーがドラァグクイーン(女装する男性)ローラと出会うところから始まります。

女性用の靴を無理やりはいていたローラをみて、チャーリーはキンキーブーツを作ることを決心します。

ローラをデザイナーとして迎え、キンキーブーツを作ります。

しかしそこには難題が・・・

男性の体重を支えるにはヒールを太くしないといけない。しかしローラはセクシーなピンヒールでないと意味がないと主張します。

製造上、非常に難しいことは同じ靴製造業としてわかります。なんとかヒールを補強して問題をクリアしていきます。

ミラノの展示会でキンキーブーツをはいて踊りまくるドラァグクィーン達。

その姿は圧巻で、とても楽しい気分になりました。

笑いあり涙あり、自分らしく生きることの大切さを再確認させてくれるミュージカルでした。

 

捨てられないもの

不要な物を減らす断捨離がブームですが、なかなか捨てられないものもあります。

悩ましいのは、今後使うことがないと断言できるのに捨てられないものです。

発見するまではその存在自体も忘れてしまっていたのに、偶然に発見してしまい、捨てられずにいる想い出の品々。

1つ目はカセットテープです。

レコードの時代ではカセットテープに録音して聴くのが主流でした。今は聴きたくても再生するカセットデッキもありません。しかし、若い人の間でカセットテープがにわかにブームになっているそうです。もしかしてブーム再来かと思うと捨てられそうにありません。

2つ目はベースギターです。

若い頃に弾いていたのですが、アンプもないし弦もボロボロ。明らかに無用の長物ですが、想い出がつまった一品なので捨てる勇気が出てきません。

3つ目は腹話術の人形です。

もうほとんど忘れてしまっていたのですが若い頃、腹話術の人形を使って、場を盛り上げたりした記憶があります。今考えると、とても寒い思い出です。しかし人形に罪はなく、その愛らしい表情をみていると捨てることはできません。

捨てられない苦悩はまだまだ続きそうです。

病院のキャンペーン

会社に届いた一通のDM。開けてみると健康診断を専門にする施設がオープンするという内容です。

社員の健康を守るのも会社としては大事な使命です。

私たちも近くの病院で年に一回、健康診断を実施しています。

届いたDMを読んでいくと、少し違和感を覚えました。

CT、エコー、内視鏡等の機器の充実、清潔な診察室、待合室をアピールしています。

このあたりは普通なので違和感は感じませんでした。

しかし次のページに、オープン記念キャンペーン!という派手な文字。

ただ今、新規にご契約いただいた企業様には35歳以上の方、1年目に腫瘍マーカーをプレゼント!

男性→PSA(前立腺ガンなど) 女性→CA125(卵巣ガン、乳ガン、子宮ガンなど) 通常¥1944を無料でプレゼントと書いてあるではないですか。

しかも全体的にカラフルでPOPな文体で。

この違和感はなんだろう?私が昭和すぎるからなのか?

いまだに人に言えず、悩んでいます。

すっぴんでOK

男性にはわからない女性ならではの悩みがあるのですね。

会社に出社せずに在宅勤務で仕事をする人たちが増えています。

その在宅勤務する女性たちがオンライン会議のためにわざわざ化粧をするのが負担であるという悩みがあるそうです。

そこで資生堂がオンライン会議で画面上に表示される顔に自動で化粧をするアプリを開発しました。

パターンは4種類で、顔色や口元の明るさも調節できるというすぐれもの。

さらに自宅内の様子が映るのにも配慮し、背景をぼかす機能までつけたそうです。

さすが資生堂です。かゆいところに手が届いています。

これでオンライン会議のたびに化粧をしたり、映る部屋を片づけたりといった負担は解消されそうです。

ただ、このアプリが普及すると化粧品が売れなくなってしまうのではと思うのですが…

しかし、「アプリで美しくなることで気持ちが高まり、逆にメークをしたいと思ってもらえるはず」と資生堂はコメントしています。

さすが資生堂です。感服いたしました。

具体的な目標の大切さ

数年後の目標や夢を叶えている自分の姿を具体的に描くことは、大変重要であるとつくづく思います。

若いアスリート達が 「4年後の東京オリンピックに出場して金メダルを獲る」 という目標はとても具体的で、そのためには1年目、2年目、3年目に何をしなければならないかが明確に浮かび上がってきます。

しかしながら日本経済が停滞している中、1~2年後の見通しも不透明な状況では将来の大きなビジョンを掲げることが難しくなってきているのが現状です。

だからこそ、具体的な目標が大切なのです。

散歩の途中で、偶然に富士山の頂上にたどり着ける人はいません。

富士山に登るという目標を掲げた人だけが、頂上に着けるのです。

そのような目標がなければ日々の努力の結晶である歩みが気が付くと方向がずれていたり、高い成果が得られなかったりすることがあります。

「そんな夢みたいなことを」 と笑われそうなことでも、実現している未来を思い描くことができれば、なんとか叶えたいという気持ちが強くなり、従来の枠や前例を超えた知恵やアイデアが生まれやすくなります。

そこから小さな行動に細分化して、丁寧に着実に積み上げていけば、環境変化や周りの反対にあっても、ぶれることなく前に進んでいけるでしょう。

多面的だから面白い

島倉千代子さんの代表曲 「人生いろいろ」 の歌詞は趣きがとても深いです。

人はみな違って当たり前、人それぞれの生き方があるという意味が込められています。

人はそれぞれ性別、年代、生い立ち、容姿、学歴、思想、職業、経験知などが違います。

外国へいけば、人種、文化、宗教などの違いがよりはっきりとして、人は違っていて当然と思えてきます。

一人の人間もまた、様々な面を持っています。

いつも憎まれ口をたたいている人が意外にも温情家であったり、いつも素直な人がとんでもない強情ぶりを発揮して周りを驚かせたりします。

短所の裏には長所があり、美点の裏には欠点もひそんでいるものです。

「遅いのではなく慎重」 「速いのではなく拙速」

表現により、その印象は大きく変わります。

大事なことは人の一面にだけとらわれて、他のよい面を見失しなわないようにすることです。

自らのせまい「常識」にはめ込んで、他の人を批判する傾向が多くなっているのではと危惧しています。

自分も含めて人は多面的です。

だから人は面白いのです。

 

コミュニケーション能力とは?

コミュニケーション能力が社会で、もてはやされています。

もちろんあった方がいいに決まっていますが、そのような能力のみに長けている人ばかりでは社会は成り立ちません。

モノを作る職人という仕事は、コミュニケーション能力よりもしっかりとモノを作る能力が要求されます。

口数が少なく、人づきあいはうまくないが、やるべき仕事はきちんとやるといったタイプが職人には多いと思います。

かつての日本はモノを作る職人や自然を相手にする農業、漁業といった職業がそれなりの人口を抱えていたのですが、だんだんと減少しています。

職人の代表格の大工さんは、かつては100万人以上いましたが、最新の統計では40万人にすぎません。

600万人を超えていた農業人口は、今や200万人を割っています。

そのような職業が急激に減少しています。

かわりに営業力や企画力、提案力が重宝され、弁が立って理屈を言える人が求められているような気がします。

それは日本の産業構造が製造業からサービス業にシフトしている事に深く関係しています。

そもそも、コミュニケーション能力とは何を指すのでしょう?

理解力か言語能力か空気を読む力か対人調和力か、深く考えるとわからなくなります。

私たちの会社の靴職人は毎日状態の違う革と対話して、力加減を調節して靴を作っています。

寡黙なコミュニケーション能力のある職人さん達です。

 

君の名は。

大ヒット上映中の映画 「君の名は。」を観ました。

満員の客席のほとんどは10代の世代かと思われます。

こんなオジサンが観に来るのは場違いかなと思いながら、観ましたが途中から妙に感動してしまい、最後には涙にくれて立つこともやっとの情けない状態になってしまいました。

世代によって感じ方は様々だと思いますが、ストーリー、映像、音楽とのコンビネーションが素晴しかったです。

観た人のほとんどが「人に勧めたい」 と言っているのを聞くと、ロングランのヒットとなるのは確実のような気がします。

都会と田舎、女性と男性、大人と大人になりきれていない世代、昼と夜といった対比のコントラストがうまく描写され、あらゆる世代の様々な想い出の共感となっているのではないでしょうか?

どこか懐かしく感じる自然の風景、主人公が独り言のようにつぶやくモノローグ・・・ どこかで見たような・・・

新海誠監督のインタビューを聞いて、その疑問が解けました。

昔の大人気ドラマ 「北の国から」 にインスピレーションを受けたと。

私たちの世代はそこに反応したのかも知れません。

白か黒かの危うさ

物事をはっきりとさせるために白か黒かを決めることは日常的によく行なわれています。

しかしながら、歴史的な転換点で白黒つけることは非常に重要な意味を持ちます。

6月に行なわれた英国のEU離脱の国民投票。

英国のみならず、世界を揺るがす決断でありました。

結果は大方の予想を裏切り、離脱派の勝利でした。

興味深いことに、投票した英国国民のほとんどが 「えっ、まさか?」 という反応だったそうです。離脱派を強力に推し進めていた人でさえ、まさか勝つとは思っていなかったというのが本音のようです。

白か黒か、賛成か反対かという二者択一的な結果を導くための人々の思考はそれほど単純ではないと思われます。

「どちらかといえば賛成」 「○○という条件ならば賛成」 「反対ではないので賛成」 「意見はないが親しい人にお願いされたので賛成」 賛成や反対の理由は様々ですが、そのような理由は投票結果には関係ありません。

民主国家において民主的選挙の結果、すなわち目に見えた「民意」ほど強力な大義名分はないのですから。

二者択一的な決定の裏にある本音の部分を理解しないと、大義名分のみが独り歩きして一部の利権者に利用されてしまうことになりかねません。

白か黒かの決断には実はグレーを選びたい人が大半であるかもしれないという危うさがひそんでいるような気がします。