半分、暑い。

異常気象が日常的になる近未来を描いた映画「天気の子」は今年の代表的なヒット作品です。

天気と言えば夏の始まりと終わりについてのアンケート調査結果が興味深いです。

昔の夏の始まりは、6月下旬から7月中旬、終わりが8月中・下旬で約50日間であったのに現在の夏は始まりは6月上旬から中旬、終わりが9月中旬・下旬で約100日間に倍増しているという結果でした。

夏の暑さが長引いていて、体感的には1年のうち半分が暑いという感覚です。

売れ筋商品の変化も著しいです。

熱冷まし用シートが普段使いで売れ、食欲が減退する猛暑日にはスポーツ用ゼリー飲料が一般用で売れています。

四季に応じたビジネスを展開するファッション産業には逆風です。

単価の安いTシャツやポロシャツを売る時期が長くなり、長袖のTシャツや薄手のコートの出番はなくなってきています。

又、近年のカジュアル化はシンプルなファッションスタイルが広がっています。、他の人とは違うことを売りにしているファッション産業は苦戦をしいられています。

靴の世界でもサンダルやブーツの需要が減少し、スニーカータイプの売れ行きがいいのはカジュアル化の波であるのは間違いありません。

 

豚まん

関西では肉といえば「牛肉」を指し、豚肉は豚の名で呼びます。

よって牛肉入りのうどんは肉うどんで、豚肉と玉子入りのお好み焼きは豚玉、豚肉が入った中華まんは「豚まん」と呼びます。

豚まんは大正4年、神戸・南京町にある中華料理店が天津名物の「包子(パオツー)」を「豚まんじゅう」(後、豚まん)の名で売り出したのが最初です。

しかし最近は「豚まん」ではなく「肉まん」と呼ばれるのが一般的になってきています。

沖縄の人が関西で初めて豚まんを目にして「沖縄で食べていた肉まんとそっくりなのに名前が違う」とショックを受けていたそうです。

辞書で肉は牛、豚、羊、馬等の肉を指し、特に魚以外とありますので「豚まん」「肉まん」でもいいという解釈になります。

ただ神戸・南京町には牛肉入りの「神戸牛肉まん」を販売する店があり、豚肉ではなく牛肉であることをアピールしています。

又、吉本新喜劇でも「豚まんみたいな顔」というつっこみはありますが、「肉まんみたいな顔」とは言わないと思います。

たかが豚まんですがされど豚まん。

関西人にとって豚まんは豚まん以外の呼び方はなぜかしっくりこないのです。

佐竹本三十六歌仙絵

「三十六歌仙」とは平安時代中期の歌人・学者の藤原公任が飛鳥から平安時代のすぐれた歌詠みから選んだ柿本人麻呂・大伴家持・小野小町など三十六人のスター歌人。

「佐竹本三十六歌仙絵」は鎌倉時代、13世紀に作られた絵巻物です。縦37㎝ほどの大ぶりの料紙に一人ずつ歌仙の名前と和歌を記し、肖像画(歌仙絵) を描いたものです。

「佐竹本」の名称は江戸時代から幕末に入手したとみられる旧秋田藩主・佐竹侯爵家にちなんでつけられたものです。

その「佐竹本三十六歌仙絵」は激動の運命をたどるのです。

佐竹家は明治維新で境遇が大きく変わり、売却することになります。

あまりに高額であることから、実業家 益田鈍翁から驚くべきアイデアが実行されます。

それは二巻からなる巻物を分割して財界人などに購入してもらうというアイデアです。当時、日本の宝物が海外へ流出することが多く、それを防ぐ目的もあったようです。

歌仙絵を入手した人々はそれぞれに凝った表装を施して大切に持っていました。しかしその後、戦争や財閥解体、高度成長や不況などの荒波の中でほとんどの歌仙絵の持ち主が替わっていきました。

2019年は「佐竹本三十六歌仙絵」が分割されてちょうど100年を迎えます。

これを機に離れ離れになった断簡37件のうち31件が集まった特別展「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」が京都国立博物館で開催されています。

興味のある方は是非ご覧下さい。

メンズ館の変化

伊勢丹新宿本店メンズ館がオープンしたのは2003年。

その後、各百貨店で次々とメンズ館が作られ、ブームとなりました。

伊勢丹メンズ館開業時は女性の比率が70%を超えていました。それは父の日やバレンタインデー、クリスマスなどのギフト需要が大きく代理購買が中心であったからです。

しかし年々ギフト需要は低下します。バレンタインも女性は自分や友人のために買うケースが増えたためです。

2018年には男女の比率はほぼ半々となりました。

次の変化は女性の実需が増え始めたのです。

少し大きめの服を着るのがトレンドになり、女性が男性向けの小さいサイズの服を買うケースが増加したのです。

SNSで女性が女性向けに男性モノの魅力を発信してヒットするケースもあるといいます。

デザインに大差がない場合、性別を分けた売り方に何のメリットがあるだろうかと考えさせられます。

そこにはサイズだけの違いということになります。

実際、海外ブランドからは「なぜいまだにメンズとウィメンズを分けているのか」と疑問の声が上っています。

数年後、ファッション商品はサイズバリエーションが豊富なユニセックス商品が主流になるのではないでしょうか?

地味ハロウィン

年々盛り上りをみせていた日本のハロウィンイベントですが、今年は少し方向性が変わってきました。

渋谷は昨年の騒動があったので路上や公園での飲酒が禁止となり、警察の監視も厳しくなったので人は多いがそれほど盛り上りはなかったようです。

そのかわりに年々盛り上ってきているのが「地味ハロウィン」です。

「地味ハロウィン」とは、日常どこかで見かけた地味でリアルな仮装をすることです。

昨年は渋谷含め全国3カ所で開かれていましたが、今年は北海道旭川市から台湾台北市まで国内外で計20ヶ所で開催されました。

「会社帰りで銭湯に行く人」

「コインランドリーで洗濯が終わるのを待つ一人暮らしの大学生」

「オフィスに待ち構える生保レディ」等

独創的でどこかシュールな笑いがジワジワときます。

欧米のバカ騒ぎするパーティではなく、日本人は地味で穏やかでシュールなパーティの方が実は好きなのかも知れません。

来年の地味ハロウィンが楽しみです。

前橋汀子

前橋汀子は日本を代表する国際的ヴァイオリン奏者で、その演奏の優雅さは多くの聴衆を魅了してやみません。

これまでにベルリンフィルやロイヤルフィルなどの名楽団で演奏し、国内外で高い評価を受けています。

1988年に最初のバッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとバルティータ」全曲を録音しています。

それはとても優れた演奏でありました。

それからおよそ30年。前橋汀子自身が以前の録音を振り返って「未熟」と断じ、全6曲の再録音に踏み切ったのが2017年。

30年間の円熟した経験を経て「是非もう一度」と取りかかった再度の「無伴奏」の全曲録音は2019年8月に発表されました。

世界を代表するヴァイオリニストが過去の自分の演奏を未熟と断じて再演奏する。プロのアーティストとしてのプライドを感じます。

その無伴奏を生で聴く機会があったので行ってきました。

広いステージに彼女のヴァイオリンのみ。

彼女の緩急あふれる演奏。その中で何度も高音と低音を同時に弾く重音奏法があり、一挺のヴァイオリンのみということを忘れてしまうほどでした。

前半75分、後半75分と彼女は立ったまま一人で弾き続けました。

75歳とは思えない体力、気力。

そのステージは神々しいオーラにつつまれた気迫にあふれるものであり、最高の演奏に立ち会えた瞬間であったように思います。

ハニワ部長

世界遺産に登録された「百舌鳥・古市古墳群」をPRする堺市のキャラクター「ハニワ課長」が今年の8月に「部長」に昇任しました。

「ハニワ部長」は古墳群が所在する堺・羽曳野・藤井寺3市の職員有志と「ハニワ部」という宣伝班を結成し、堺だけではなく他の役所と連携することで古墳群の魅力を一層伝えていきたいと意気込んでいます。

ハニワ部長は古墳時代に生まれた約1600歳の独身男性という設定でスーツにネクタイ、ハニワのかぶり物という独特のスタイルなのですが、性格はシャイでひかえめ。

私はそんなシャイでひかえめなハニワ部長にPRという仕事が向いているのかと心配していました。

しかし、7月の世界遺産登録の快挙のあとはフェイスブックの「いいね!」の数を4倍の2万件集め、マスキングテープしかない関連グッズを20種類以上に増やして販売するという積極的な活躍をみせています。

それはまさに一皮むけたというか焼き直されたというかワンランクアップしたハニワ部長の姿です。

堺市の永藤市長は「目標を達成したら局長に昇任。できなかったら課長に降格」と言明しており、ハニワ部長は「非常に厳しく、ありがたい言葉」と気を引き締めています。

ハニワ局長の誕生か、はたまた課長へ逆戻りか目が離せません。

飽きない商い

「高級料亭の料理も食べ続けると飽きる」が口癖だったセブンイレブンの鈴木敏文氏。

セブンイレブンは一時的なブームで終わる刺激の強い味より、あくまで万人に受ける味がテーマです。

その思想の底流には「決して奇をてらうようなことはしない。常に材料や製法を変えながらじわじわと売り上げを伸ばすことを追求する」という考え方があります。

更に消費者が気づかなくていいレベルで品質を改善しているといい、ロングセラーには改良の歴史があるのです。

又、カップヌードルやチキンラーメンでおなじみの日清食品の創業者安藤百福氏は「濃厚な味でおいしすぎると満足感がありすぎる。これでは当分リピートはない」と言い、おいしすぎなく少し余韻を残した味を目指し、再購入につながる商品を作り上げました。

確かにカップヌードルやチキンラーメンはしばらくすると又食べたくなる味です。

弊社の商品開発の方針も同じようなところがあります。

流行のデザインや色を過度にとり入れることはしません。お客様のライフスタイルに合ったデザインや色を考え、はきやすさをモットーに作ります。

流行のデザインや色はブームが去るとすぐに飽きられてしまうからです。

これからも「飽きない商い」を目指していきたいと思います。

国際福祉機器展

国際福祉機器展(HCR)はハンドメイドの自助具から最先端技術を活用した介護ロボット、福祉車両まで世界の福祉機器を一同に集めたアジア最大規模の国際展示会です。

第46回を迎える今年は9月25日から27日まで東京ビッグサイトで開かれ、3日間で105,675人の来場者がありました。

おしゃれな介護シューズを開発した弊社も初めて出展させていただきました。

シューズの名称も「サポートシューズ」から「100年シューズ」に変更し、デザインやカラーバリエーションを増やして臨みました。

周りの介護シューズよりもデザイン性、カラーバリエーションが豊富な点が来場者の目にとまり、大変好評でありました。

又、「100年シューズ」というネーミングも多くの方の興味をひきました。

「100年シューズ」のコンセプトは人生100年、おしゃれ心を忘れずにいきいきと過ごしてもらうためのシューズという思いで作りました。

だからデザインやカラーは通常のサロンドグレーのコレクションとほぼ同じです。

違う点は、かなり大きめの5E木型を使用している点、マジックテープを多用して着脱を便利にした点、厚みの違う2種類のカップインソールを標準装備してむくみ対策をした点です。

「100年シューズ」は弊社の展示会にも出品し、直営店やデパートの売場にも展開していく予定です。

ホテルイタリア軒

ホテルニューオータニのアソシエイトホテルの中で不思議な名前のホテルイタリア軒。

新潟に行く機会があったので泊まってみました。

クラシカルなヨーロッパ調の内装がとても素敵なホテルでした。

その名前の由来がすごいのです。

1874年の夏、開港で活気づく新潟にフランスの曲馬団の一行がやってきました。その中のイタリア人コック、ミリオーレは大けがをしてひとり新潟に取り残されてしまいました。

新潟で曲馬団に雇われていた権助とその娘おすいは、残されたミリオーレを親身になって介抱しました。

この話に感動した当時の県令 楠本正隆は200円という大金をポンと出してミリオーレに牛鍋屋を出すことをすすめました。

親身になって世話をしてくれる新潟の人たちとふれあい、心を動かされたミリオーレは新潟に残る決心をしました。

港町のハイカラな気風もあり、店は大繁盛しました。いつしかミリオーレはおすいと結ばれて夫婦となりました。

牛鍋だけでなく本格的な西洋料理も出すようになり、名前も「イタリア軒」となりました。

その後「イタリア軒」はホテルとして生まれ変わりました。

ホテルのレストランにはミリオーレが異国の地で一心に創り上げた「イタリア軒の味」が今も脈々と続いているのです。