来る5月21日朝7時半頃、日本で金環日食が起こります。
金環日食とは、地球から見て月が太陽にすっぽり入り、太陽の縁からもれる光がリング
状に見える現象です。
特に今回は東京、大阪、名古屋という大都市でほぼ完璧な状態で金環日食が見れると
いう173年ぶりの大チャンスなのです。
そもそも日食とは、地球から1億5千万キロ離れた太陽と、同じく地球から三十数万キロ
離れた月と地球の三者が広大な宇宙空間上でまさに一直線上に並ぶという奇跡です。
太陽は地球の百倍の大きさ、月は地球の4分の1の大きさであるので、太陽は月の四
百倍の大きさということになります。
太陽と月の大きさが四百倍も違うのに、地球から見ると太陽と月がぴったりと重なって
隠れてしまうのは、たまたま地球から太陽までの距離(1億5千万キロ)が地球から月ま
での距離(三十数万キロ)の四百倍だからに他ならないのです。
この偶然の一致は、まさしく奇跡でしかないと思います。
いずれ日食は見られなくなると言われています。
なぜなら、月は少しづつ地球から離れていっているからです。
5月21日、太陽と月と地球が一直線になる瞬間、私たちがこの時代この地球に生まれた
奇跡を感じるような気がします。
先日、はじめて被災地を訪れました。
陸前高田、気仙沼、大船渡と訪れましたが津波の威力のすさまじさをまざまざと感じま
した。
特に陸前高田は沿岸部に街の中心部が広がっていたため、被害は甚大で街一つが根
こそぎ無くなってしまったという感じでした。
そこに立つとテレビの映像の一部分ではなく、360度広がる何もない世界が広がってお
り、震災以前に街があったことを想像することは容易ではありませんでした。
それはまさに、戦後の焼野原にぼうぜんと立ちすくむ写真とオーバーラップするような感
覚でした。
ガレキはほとんど片付けられていましたが、数ヶ所に分別して置かれている状態で、今
後日本全国で処理が進むことを期待して止みません。
市民会館や体育館等、鉄筋コンクリートの建物だけが残されているのですが、内部は津
波の破壊力のすごさを体感するような壊れようで、多くの方々が亡くなられたことを思うと
悲しみで胸がつまります。
そのような中で、7万本の高田松原のうち1本だけ倒れずに残った松を見ました。
この状況で1本だけ残ることは本当に奇跡的であると感じました。
街は復興に向けて歩み出しています。
街のガレキは間もなくきれいに処理されると思います。
しかし、被災地の方々は皆さん心のガレキを抱えています。
それを取り除くための精神的な支援が継続的に必要であると感じた訪問でした。
先日、あるFM局のラジオ通販をたまたま聴いていました。
ラジオ通販はテレビやカタログと違い視覚に訴えるものがないので、テレビやデジタルカメ
ラ等の性能や使い方の提案をするモノが多いのではないかと思っていました。
ところが、そのラジオ通販で売っていたのはネクタイでした。
男性 「今回、ご紹介するのはイタリアブランドの最新デザインネクタイです!」
女性 「素敵なネクタイですね~。お値段は?」
男性 「10500円です。お見せできないのが残念ですが、ディディールにこだわったイタリア
ブランドの最新デザインです。」
女性 「いろいろな色とデザインがありますが、今回はどのタイプですか?」
男性 「ここにある全てのネクタイです。」
女性 「えぇ~、全部ですか?たくさんありますけど何本あるんですか?」
男性 「全部で25本あります。ストライプやドット柄、カラーもたくさんありますので様々なビ
ジネスシーンに応じて選ぶことができます。」
女性 「25本もあれば、4月から社会人になる人にとっても困ることのない量ですね。」
男性 「更に今回はシルク製のネクタイを更に10本お付けして、値段はそのままの10500円
で特別に提供させていただきます。」
女性 「えぇ~、じゃ35本で10500円ということですか?お得ですねー。」
思わず買いそうになりました。1本あたり300円ですからね。
興味深いのは、始めのうちは声のトーンは比較的低めで落ち着いた感じでしたが、中盤く
らいから女性が驚くたびに声のトーンが上がっていき、最後にはこんなお得な情報は他に
ないというムードになっていました。
ラジオ通販には、リスナーの想像をはるかに超えたインパクトのある提案を短い時間の中
で、ストーリー展開していく脚本力がとても重要だと感じました。
それにしても、あのネクタイはどのくらい売れたのか気になります。
先日、暴走族が激減しているという新聞記事を目にしました。
社会的にみて、迷惑行為や暴走行為をくり返す暴走族が減っていることはとてもよいこと
であると思います。
注目すべきは、その減少のスピードと理由です。
警察庁によると、暴走族は1982年の42000人ほどから最近では5分の1の8500人ほどに
減少しているらしいのです。
理由はというと以下のように時代の流れを感じます。
一、グループ内での厳しい上下関係が若者に敬遠される
二、不景気でバイクの改造にお金がかかる
三、パソコン、ゲームなどの娯楽の多様化
昔の暴走族は派手な刺しゅうの「特攻服」で改造バイクを乗り回し、騒音をまきちらしてい
ました。
昔のヤンキーは今ではびっくりするような長い丈の学ランを身にまとい、派手な赤や紫の
インナーを着ていました。そして髪型はソリ込みを入れたリーゼントといった一目みて「オ
レは社会に反抗している!」ムードをかもし出していたような気がします。
他人に迷惑をかける行為は決して許されるものではありませんが、その当時には社会に
抵抗していることへのあこがれがあったような気がします。
それが当時の若者にはかっこいいと映っていたと思いますが、今の若者にはかっこ悪い
と思われているようです。
ある新聞の記事にイマドキキーワードという特集記事がありました。
イマドキキーワードに心そそられるところが、もうすでにイマドキ人間ではないなと自覚し
ながらも読んでみました。
すると「ロールキャベツ男子」というのがありました。
女性に対してあまり興味がないようなタイプを草食系男子というのはすでに一般的になっ
てきましたが、この「ロールキャベツ男子」はひとひねりあります。
見た目は女性に対して興味がないようにみせかけて実は、興味大ありな肉食系であると
いうのが「ロールキャベツ男子」の正体です。
女性に対してガツガツしていると悪い評判が立ってしまうため、さわやかな草食系を演じ
ているといったところでしょうか?
逆パターンの肉食系にみえて、実は草食系なのは「アスパラベーコン男子」というそうで
す。
では肉まんはどうだろうと考えてみました。
太っていて肉食系?
あんまんやピザまんは見た目とは違う中身の人かな?
小籠包は小粒だけど中身はめちゃくちゃ熱い人かな?
いちご大福はどうかな?
これ以上考えるとお腹がすいてくるのでやめておきます。
先日、天皇陛下の心臓バイパス手術があり、無事成功し国民全体がホッと致しました。
天皇陛下の手術に当たったのは、東大と順天堂大の合同医療チームで日本の最高レ
ベルのメンバーです。
執刀の中心的役割をはたしたのが、順天堂大学の天野教授です。
そもそも天皇陛下の健康を管理してきた東大チームに、外部の順天堂大の天野教授が
加わるという異例の体制が敷かれました。
この天野教授の経歴がすごいのです。
進路を悩んで3浪の末に日大医学部へ入学、父親が心臓弁膜症の手術を受けたことを
機に、心臓外科医を志します。
大学病院内でのエリートコースを歩まずに、心臓バイパス手術の多い民間の病院でひ
たすら手術の腕を磨いていったそうです。
その実績たるや4,000件以上にものぼるそうです。
周りの評判もすこぶるよく、熱心で責任感が強く、部下の面倒見もよいとのこと。
心臓外科医の世界は強烈な個性の持ち主が多く、自分が一番と思っている人が多い
そうですが、その誰もが天野教授の実力だけは認めているそうです。
そしてこのたび、天皇陛下の手術にあたり、腕もプライドも最高の東大病院に招かれて
異例の合同チーム編成ということになりました。
学閥やエリート意識の強い医学界では通常ありえない事だと思います。
腕一本でここまでの地位を極めた天野教授もすごいですが、それを受け入れた東大病
院も拍手喝采です。
「チームバチスタの栄光」や「医龍」の演技指導や監修を務めたことがある天野教授。
ご自身の人生こそ、すばらしいドラマになると思います。
ある新聞が上記の質問を10代から60歳以上の各世代に聞いてみたそうです。
その結果、10代では「ぜひなりたい」が57%、20歳代は40%、30~50歳代はいずれも
30%台で若い世代ほど日本に愛着があるという結果になりました。
今後の生活の見通しについても若い世代の方が「良くなっていく」と答えた人が多く、又、
日本の経済成長についても40歳代以上に比べて、若い人の方が楽観的な見通しの人
が多かったようです。
今年の成人式についてのコメントにしても、古い世代の人が「今の若い人は大変だ」と思
っている人が多いのに対し、当の若い人たちは大変だとは思っていない様子がうかがわ
れます。
このことはどう見るべきでしょう?
現実を知らない楽観なのか、世代間の価値観の相違なのか、判断に迷います。
おそらく両方あたっているのでしょう。
ひもとくヒントは今の若者がC世代と呼ばれていることです。
貢献(Contribute)で社会にかかわりを持つことに価値を見いだしています。
私を含めた古い世代が消費することで社会につながりを持った価値とは大きく違います。
C世代が社会の中心になった時、日本は今より良くなっていると確信しています。
この20年の時代の流れはすごいと思います。
1980年代にヒットしていたカルロス・トシキという日系ブラジル人歌手が、久しぶりに日
本に来て驚いたことが、もう日本人は電車の切符を買わないのですねということでした。
確かに今は、ほとんどの人がICカードで自動改札を通過しています。
私達はもう慣れ親しんだ光景であるのですが、久しぶりに来た人には驚くべき光景か
もしれません。
ICカードの登場で、小銭を用意して切符を買う必要がないので手間が省けました。しか
し、検札する駅員や大量の切符を発行する業務に携わっていた人の雇用は要らなくな
りました。
又、デジタルカメラの登場で、写真現像に携わっていた多くの雇用は激減しています。
テクノロジーが進化すればするぼど生活は便利になるでしょう。しかしその反面、ある
分野の雇用はどんどん減っているのも事実です。なぜなら、人がやっていることを機械
がより正確に効率的にこなしてしまうからです。
文明は人類を重労働から解放してきました。
過酷な農作業は牛や馬を経て、近代的な農機具にとってかわっています。
暖をとる薪集めや生活に必要な水くみも、先進国では必要なくなっています。
あらゆる産業の中で以前まで必要であった「人手」がいらなくなってきている状況が世
界的規模で起きているのではないかと思います。
雇用は人の営みを支え、消費に回っていきます。雇用が経済を支えているといっても
過言ではないでしょう。
テクノロジーのますますの進化が、普通の人の職を奪いとってしまうのではないかと心
配しています。
「今の若者は・・・」という世代間ギャップの話題はどの時代でも論議されてきたと思い
ます。
私の若い頃は「新人類」という言葉がはやり、その当時のオジサンたちは私達を全く
価値観の違う人種であるかのように分類していました。
その新人類とカテゴライズされた私達が今の若者はうんぬんというのはおかしな話だ
と思うのですが、育ってきた時代を冷静にみつめながら分析してみたいと思います。
今の若者の育ってきた環境は、それなりに充足している環境であったと思います。
よほどのぜいたくを望まなければ、それほどお金をかけなくても相応の快適な暮らしが
できる時代です。
おまけに学校では競争のない平和で仲の良い関係が保たれ、突出して何かをするこ
とがしにくい状況であったと思います。
だから好奇心というものが弱体化して車や異性、海外旅行という昔の若者の好奇の対
象に何ら興味を示さなくなってしまったのではないでしょうか?
何かを外部に求めること、探すこと、出会うことは好奇心から生まれてきます。しかしそ
こには傷つくこと、失望することも高い確率で発生します。
それは面倒くさいことなのでしょう。
何かを得たい、知りたいという欲求が高まらなければ行動を起こす意味すらもわからな
いでしょう。
しかしながら、今の若者のいいところもいっぱいあります。
環境保護に対して関心は高いし、暴力、差別、ケンカを嫌悪しボランティア精神も旺盛
な人が多いです。
でもそれだけでいいのかなと思うのです。
充足している環境は、動物園の中の猛獣のように飢餓感のない野生を忘れた生命体
を生みだしていきます。
飢餓感のなさを草食系といううまい言葉で表現しています。
「せっかく人間に生まれてきたのにもったいない」と妖怪人間に言われそうです。
最近よく「上から目線」という言葉を耳にします。
本来は対等の関係であるのに、優位的な立場での言動を「上から目線」というわかりや
すい言葉で表しているのだと思います。
しかし、若い人の中で明らかに間違っている価値観の中で使っているケースがあるよう
です。
例えば、上司が部下に対してアドバイスを与えた時に上から目線で言われたと思う人が
いるようです。
その時の関係性においては明らかに上下関係があり、上からの指導は当然であるにも
かかわらずです。
これはどういった構造なのでしょうか?
私が推測するに、一つの原因は人間関係の未熟さでないかと思います。
社会に出るまでに特に強い上下関係のある人間に深くかかわらずに、同世代の同じよう
な価値観をもった人間とのみつき合っていると、上下関係のある人間関係に慣れることは
ありません。
そのような若者が少しきつく指導されると「上から目線」と過剰に反応してしまうのではな
いでしょうか?
私の若い時は一歳違いでも先輩、後輩の差は歴然で、近所や親戚の口うるさい年長者
たちがたくさんいて、その中で自然と上下関係のある人間関係が形成されていったよう
な気がします。
若者側からの反論として、仕事上の知識や経験又は、人間的な器において優れている
ものはないのに、ただ立場や年齢が上というだけで一方的に決めつける言動が問題で
あるという指摘もあるようです。
上司や年長者も厳しい時代ですが、有益なアドバイスをうまく伝えるためにも伝える工夫
が必要ではないかと思います。